一次資料を読み切る

 櫻井正一郎

 

 

 一次資料を読み切ることこれが私が学生として習ったほと

んど総てでした。読み切るとも読み抜くともいわれていました。

近かった先生方からそれを習ったのは、著書からよりも授業から

でした。

  すぐに個人的な話になります。年代順に蜂谷昭雄、御輿員三、

その他の先生の授業から学びました。蜂谷先生は大学を出られて

すぐ大阪の府立高校の通信教育部に就職されました。私は病気に

なってその高校の通信教育を受けていました。同先生の指導を受

けたのはそれほど昔からでした。私が大学生になり、同先生が大

阪女子大におられた頃でした。東住吉区にあったお宅で、無報酬

の一対一でブラウニングの劇詩などを読んでいただきました。準

備されずにいきなり読んで深いところまで読んでゆかれるので

す。驚きました。読んでいていかにもその詩人らしい部分に来る

と笑って喜ばれました。その頃クラシックのレコードに熱中され

るようになられ、文学と同じように音楽も、次から次へとのめり

こんで楽しんでおられました。「そうは見えないでしょうがエピ

キュリアンです」とご自分でいっておられました。こちらでこと

ばを補いますと、質素な生活やボサボサの頭髪からだとそうは見

えないでしょうが、となります。読み方と知識とを人に教えて人

から喜ばれ、人から喜ばれるのを喜んでおられました。その喜び

が同先生にとっての最高の境地だったのでしょう。「キキキ」と

独特の笑い声を立てて心から喜んでおられました。博識だった

で当座の準備をされませんでした。ときにはご自分の独自な読み

方にこだわられまた。テキストを読むために生まれてきた方でし

た。

  御輿先生の完璧な授業の方は、十分の準備を経たものでした。

後でビックリすることになる出来事がありました。ある夏の夏休

みの始め、文学科図書館での出来事です。休みに入ってから最初

の一週間のうちにレポートを一つ仕上げようしていました。閲覧

室は冷房がなくてひどい暑さでした。そのせいだったのでしょう

か、そこに私が一人だけ座っていました。机の上に借り出した関

係の本を立てて並べていました。御輿先生が何かの本を借りられ、

貸し出しの手続きをされてから、軽く靴音を立てて私の方にやっ

てこられました。こちらは暑すぎるのでズボンのバンドをゆるめ

て鍵ホックを外していました。そのこともあって先生がやって来

られるとひたすら顔を伏せていました。先生は並べてあった本を

眺めながら「やってるね」といわれました。顔を伏せていた私に

どうしてそれが見えたのかいまだに分りませんが、脇に抱えてお

られた本の書名が見えたのでした。それらはチョーサーの『トロ

イラスとクリセイデ』についての本でした。来春になってそれら

の本が来春からの授業の予習のためだったと分りました。そんな

に前から予習をされていたのです。文章を書かれるときも同じで

した。それは一語も動かせない文章から分ります。たまたま原稿

を見た機会がありました。Bらしい鉛筆で、何度も何度も直し

が入って、残すことばの一つ一つがで囲んでありました。それ

ほどに全体が真っ黒になっていました。それは同先生が主宰され

執心されていた雑誌、「季刊英文学」のための原稿で、編集者の

竹田功さんがニコニコ笑ってそれを見せてくれました。用意周到、

勤勉によって、また鋭い頭脳によって、テキストを深く読むため

に生きておられた方でした。

  他科にも同じような先生方がおられました。良く書かれた部分

に「うまいですねえー」とひたすら感心しておられた仏文科の本

城格先生。難しい部分を読み解かれたあと何事もなかったように

次に進まれた同科の生島遼一先生。

  一次資料を読み切ることは、私にとって観念ではなく環境でし

た。様々な様態を示された生きたお手本に囲まれていました。そ

のような環境は教育と研究の環境として今でも求めてもらいた

いものです。