シミリーからメタファーへ

 

瀬戸賢一

 

 

ひとによって受けとめ方に差はあるでしょうが、メタファーもシミリーも近ごろは隠喩と直喩と呼ぶよりもカタカナ書きの方が似つかわしくなりました。

四半世紀前に『メタファー思考』(講談社現代新書)を上梓したとき、メタファーという用語は編集者のあいだでもまだ不安があったようです。はたして世間に受けいれられるかどうか。幸い二ケタ台の増刷を重ねたことからすると、少しは浸透したようです。今世紀にはいって、より詳しいメタファー論をまとめたところ、これは『よくわかるメタファー』のタイトルで昨年文庫化されました(ちくま学芸文庫)。もうひとつのバロメータとして、村上春樹の最新の長編『騎士団長殺し』を見ると、その第2部の副題が「遷ろうメタファー編」。おや、なんと、いいね、ありがたい、ようやく市民権を得たか、などの思いがもろもろ交錯しました。なにしろ世界的な売れっ子作家なのですから。メタファーはもはや日常のことばとなりつつあるようです。少し身びいきでしょうか。

ではメタファーと比べてシミリーはどうでしょう。メタファーの眩しいほどの人気に比して、シミリーはあまり注目されません。並べてみてもメタファーの引きたて役、あるいはヘタをするとメタファーの弛緩バージョンというような低い評価さえ受けることがあります。「ABだ」のメタファーに対して、「ABのようだ」「ACの点でBのようだ」のシミリーは、たしかに緩んでいて、類似点Cもときに添えられるので緊迫感に欠けるというのでしょう。これがシミリーに対するふつうの見方のようです。

いまメタファーを含むレトリック用語全般およびレトリック体系の全体的な見直しの機運が高まっています。このような潮流のなかで、古いレトリックを新しい革袋に盛って再生させる作業をひとり黙々とやり続けた先達がいました。『レトリック感覚』や『レトリック認識』などを矢継ぎ早に世に送りだした佐藤信夫です。はたから見ていて華々しいという形容がぴったりでした。文章にはそこはかとなくユーモアが漂い、引用に才あり、落語のようなおとぼけあり、それでいて鋭い切っ先を突然閃かす、当代きってのレトリシャンでした。その集大成ともいうべき『レトリック事典』(大修館書店)は46項目からなる800ページ以上の大著となりましたが、全体的な構成や資料の提供は佐藤のものではあっても、佐藤が実際に執筆したのはわずか三項目半でした。1993年病没。

佐藤にとってはこれがレクイエムとなりました。モーツァルトのそれが弟子によって一応の完成にいたったように、事典の残る作業は二名の友人の手に引き継がれて、十余年後にようやく私たちの手元に届けられました。労作であることに間違いありません。この分野におけるもっとも美しい贈物です。学問的友情の結晶といっても言い過ぎではないでしょう。

しかし、です。この結果に、佐藤は心から感謝こそすれ、けっして満足はしなかったでしょう。これが私の実感です。私は透視者でも霊媒師でもなく、佐藤の著作を読みこんできた一介の読者にすぎません。それだけにと言ったらいいのでしょうか、わかるのです。佐藤が道半ばにして鬼籍にはいらなければ、こうは書かなかっただろうと思えるところがあちらにもこちらにも。西欧2500年の蒙昧を破るもっとも輝かしい洞察が再び闇に覆われ、将来を照らす灯火が急速に勢いを弱め……、と無念の思いがいまも払拭できません。

いまさら繰り言を重ねても詮なし。わかっているのです。佐藤の遺志を継ぐなら――生前にお会いしたことはなく、ただ一葉のはがきが手元に残るのみ――不肖ながら私がレトリックの辞典ないし事典を新たに編まなければならない、と。それが学恩に報いる唯一の道、志を継いでなんとか一歩を前に進める。書名は『〈例解〉現代レトリック事典』。腹を割ってざっくばらんに批判しあえる仲間二名との合力で形あるものにしたい。

こうなればもちろん旧来のシミリーについての考えも改めねばなりません。ただここでは実例をひとつ眺めるだけにしましょう。村上春樹はシミリーの名手なので、卓抜な例をひとつ見つけるのは河原で石を拾うように簡単です。次の例はどうでしょうか。多崎つくるは、かつて男女五人の仲のよいグループから突然理由も知らされずに切り捨てられ、そのことで大きな心の傷を負いました。十数年後、いま交際が深まるかもしれないエリにそのときの気持ちを話します。

 

つくるは続けた。「どう言えばいいんだろう、まるで航行している船のデッキから夜の海に、突然一人で放り出されたような気分だった

〔中略〕

誰かに突き落とされたのか、それとも自分で勝手に落ちたのか、そのへんの事情はわからない。でもとにかく船は進み続け、僕は暗く冷たい水の中から、デッキの明かりがどんどん遠ざかっていくのを眺めている。船上の誰も船客も船員も、僕が海に落ちたことを知らない。まわりにはつかまるものもない。そのときの恐怖心を僕は今でも持ち続けている。自分の存在が出し抜けに否定され、身に覚えもないまま、一人で夜の海に放り出されることに対する怯えだよ。たぶんそのために僕は人と深いところで関われないようになってしまったんだろう。他人との間に常に一定のスペースを置くようになった」

(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、文春文庫) 

 

最初の下線部はシミリー、中略後の下線部はメタファーです。このような例は村上にかぎらず多くの作家で見つかるでしょう。シミリーが新しい比喩的世界を導入して、メタファーがそれを展開する。順序が逆になることはふつうない。もちろんこれは、シミリーとメタファーが連続した場合の役割分担にすぎませんが、それぞれの存在意義の深いところと関わっていそうです。

ところで先日テレビをつけると、たまたまクイズ形式のバラエティー番組をやってました。スタジオのスクリーンに大きく映るのがなんと 「オクシモロン」。ド真ん中のレトリック用語で、日本語では撞着法、対義結合といいます。「公然の秘密」「暗黒の輝き」などのように、正反対の意味が矛盾することなく結合することを意味するとレギュラーの某先生が説明して、タレントがへえー、聞いたことなーい、などと応じていました。もはやメタファーやシミリーの出番ではないのかと一瞬思いましたが、研究者としてはまだまだわからないことがあります。

テレビにかぎらず学問分野でも、ブームになればすぐに行列ができる時代です。熱しやすく冷めやすい。日本のかつての記号論がそうだったように。いまではすっかり廃れた感がありますが、他方現在の認知言語学は、記号論的見方を重視する言語学だと個人的には思います。そういえば、佐藤信夫の最初の著作は『記号人間』で、これはおもに記号論を扱いました。記号論、レトリック、言語学、文学はたがいに補いあいながら人間の精神のあり方を探究する分野なのでしょう。このような総合的な人文研究のなかで、やがてオクシモロンもカタカナ書きがふさわしくなるのかもしれません。