コン・ディオス、その他

近作俳句から

 

渡辺久義 

 

 

 

残雪の夕日の路は跳び歩く

 

残雪は軒端に下がり陽のしずく

 

春宵(しゅんしょう)に酔い天の(きざはし)をゆく(シラーの「歓喜の歌」より)

 

晴朗の野辺ことほぎつ雲は満つ(ベートーベン『田園』より)                    

反乱のきざしや鳥の息遣い(同)

 

(うぐいす)のただ一声にあしらわれ 

 

鶯の滅びんとてや声高き

 

寒はもどり鮒は舟屋に暖を取る

 

返らねば悲し抜け行く空の青 

(ケムトレイルにより青空は常に白濁している)

 

あたふたと鳩は手抜きの巣を作る

(粗雑な細工のことを「鳩の巣のような」という) 

 

なつかしや寝ぼけの春の鳩の声

 

涙して片足駝鳥の樹を仰ぐ

(おのき がく作『片足だちょうのエルフ』より)

 

神は泣けり片足駝鳥の樹を抱きて

 

花冷えのくしゃみは派手に花吹雪

 

花吹雪あれまおまんさ屁はいらぬ

 

秘するほどの花でもなかろ花吹雪

 

翻る源氏の旗や春の陣

 

白妙の衣は涼し屋根の上

 

いけず石の名も穏やかに京の春

 

涙たたえ光る谷間や早春賦

 

遠き日の窓のときめき花と風

 

惑星は目覚め息づくピラミッド

 

菜の花や月は東に日は西に(蕪村)

 

菜の花や東や西はわしに聞け

 

犬は西へ向けてつながん菜の畠

 

めぐりきて悲喜むごたらし桜咲く

 

たらの芽の棘は痛くも春の山

 

令色の語は禁令か新元号

(論語に巧言令色とある)

 

仆れ梅の嵐に破れ切られたる

 

残照の歓喜や身には火矢浴びて

 

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺(子規)

 

笛吹けば風吹きわたる萩の寺

 

搭乗を待つモスクワの夜の雪

(私の母のおそらく唯一の名句、OO音の漢字語、MMYY、と音

の配置が妙) 

 

耳に残る雪解けの水飛騨の里

                    

これがまあ終の住処か雪五尺(一茶)

 

これがわが母語(ぼご)にありしか春いくたび

 

雪落ちる音して弾む人の声

 

浅黄色の土の香はして雨もよい

 

鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門(蕪村)

 

鮎釣りの暮色を惜しむ仕舞いどき

 

外来魚も琵琶湖の春を告ぐやらん

                         

鳥鳴かぬ春しんとして耳は鳴る

 

いつも来る鳥来ぬ春の胸騒ぎ

 

紺碧の空の哀しみ懐かしき

 

白鳥(しらとり)の哀しみ映す空はなく 

(白鳥は哀しからずや 空の青 海の青にも染まずただよう 

若山牧水)

 

春宵の一刻を生き命尽く

 

命尽きて忘らるる句よ散る花よ

 

蜘蛛ひとつわれを離れずなんぞいな

 

人は死なず馬鹿だけが死ぬ蝉しぐれ

 

ものも言わず蚊はずぶり刺す田原坂(たばるざか)

(漱石、田原坂は西南戦争の激戦地)

 

蚊はずぶりさすがに剣の無言流

 

ずぶり刺す蚊も人もあり末の世は

 

言霊(ことだま)を谷へ転がす()()ずく

 

杣人(そまびと)のくだきて映ゆる葛の花

(葛の花ふみしだかれて色あたらし この山路をゆきし人あり 

折口信夫)

 

早蕨(さわらび)は消えて羊歯(しだ)の葉憎らしき

 

早蕨のいま滝の瀬を覆いたる 

(いわ)ばしる垂水の上の早蕨の萌えいづる春になりにけるかも 

志貴皇子)

 

あかねさす紫の君わが人よ

 

遠日さす白壁に人を立たせけり

(あかねさす紫野行き(しめ)()行き野守は見ずや君が袖振る 

額田王)

 

行く春やただそのままに美しき

 

行く春やわが母語に告ぐ神と行け

(「神と行け」はVaya con Dios、スペイン語で、さようなら)

 

 

*

 

 

私は生涯ずっと、外国語文学をやってきて、英語の詩も試

みたが、死ぬ前に一度だけ、自分の母語へのこだわりを示

したかった。その機会を与えてくれた「ブラウザー」に感

謝したい。最後の句は、私の辞世の句と言ってもよいが、

あいにく、今すぐ死ぬ気もしないので、天がもう少し生か

てくれ、かつ折り合いがつくなら、もう少し書かせてもら

  うかもしれない。