書評

Marina MacKay, Ian Watt: The Novel and the Wartime Critic. Oxford

Mid-Century Studies.  Oxford Univ. Press, 2018.

 

イアン・ワットの収容所生活と復員後の文学研究

 

河崎 良二

 

 

 本書は第二次世界大戦中に従軍し日本軍の捕虜となった英文

学者イアン・ワット(1917–1999)の収容所での経験が、復員

後の文学研究にどのような形で現われたかを、ワットの収容所

に関する短編やエッセイから、十八世紀イギリス小説研究の白

眉とされるThe Rise of the Novel : Studies in Defoe,

Richardson and Fielding (1957.以下『小説の勃興』と記す)を

考察した刺戟的な研究書である。著者のマリナ・マッケイは

Modernism and World War II (2007)The Cambridge

Introduction to the Novel (2010)等の著書のあるオックスフォ

ード大学セント・ピーターズ・カレッジの准教授である。マッ

ケイはほとんど知られていなかったワットの戦争体験に関する

文章を読み、『小説の勃興』に関する通説を覆した。

ワットは1917年にウインダミア湖の近くで生れた。ケンブ                         リッジ大学で学び、ソルボンヌ大学大学院に進んだが、399                                           月に第二次世界大戦が始まるとすぐに陸軍に入隊した。41年冬、           将校としてシンガポール防衛に向かったが、シンガポール陥落            で捕虜となり、チャンギ収容所に入れられた。その後タイのチ            ュンカイ収容所等で泰緬鉄道建設のための強制労働を科せられ            た。終戦後、しばらく入院し、463月に復員した。カリフォ            ルニア大学、ハーバード大学の大学院を終えた後、主にカリフ            ォルニア大学、イースト・アングリア大学、スタンフォード大            学で教鞭を取った。単著は他に、Conrad in the Nineteenth           Century (1979)Myths of Modern Individualism: Faust,              Don Quixote, Don Juan, Robinson Crusoe (1996)がある。

 ワットの『小説の勃興』は、18世紀初頭のイギリス社会で顕            著になった個人主義が、個人的経験を重視する新しい文学形式            である小説の勃興をもたらしたとする論で、デフォー、リチャ            ードソン、そしてフィールディングの小説を当時の社会や道徳            との関わりから論じている。これがイギリス小説の特質の核心            を捉えたものであることは、出版後60年以上経った今でも読み            継がれていることから分る。

本書第1章「イアン・ワット中尉:捕虜」の中心は泰緬鉄道             建設を含む36カ月間の収容所生活である。泰緬鉄道とは、            19426月のミッドウェー海戦の敗北で海上輸送が困難にな             り、ビルマに侵攻していた部隊への陸上輸送路を確保しなけれ            ばならなくなった日本軍が、わずか14カ月で完成させた全             長415キロの鉄道である。赤痢、マラリアなどの熱帯病や食料            不足、苛酷な労働のために動員された欧米人捕虜6万2千人の             うち約12千人が、27万人と推定されているアジア人労務者             のうち9万人から12万5千人が死亡したとされている。

収容所の生活と『小説の勃興』との関わりで最も重要なのは、           組織としてまとまっていた集団は生き残ったが、組織がないと            ころでは多くの人が死んだことである。これがフィールディン            グやジョゼフ・コンラッドへの評価に繋がった、とマッケイは            言う。その意味では本書の中心は第4章「社会秩序の混乱:フ            ィールディングとコンラッド」ということになる。しかしフィ            ールディングは小説を「散文による喜劇的叙事詩」と定義し、            登場人物の内面を覗き見ることを礼節にもとるとしているので、           個人的経験を重視する『小説の勃興』の他の章と齟齬をきたし            ている。一体ワットはフィールディングとコンラッドに何を見            ていたと言うのだろう。

マッケイは、ワットが収容所生活から学んだのは「個人的抱            負や願いを抑える必要性だった」と言い、その証拠として、ワ            ットが1971年に行った講演を取り上げている。ソルボンヌ大             学の壁で見た「私に禁じることは禁じられている」というスロ            ーガンに言及して、ワットは「その権利意識は魅力的であると            同時に破壊的である」と述べ、チュンカイ収容所での規律の崩            壊について語った。そこには時に一万人の捕虜がいたが、食料            や薬はほとんど無く、病人や瀕死の者の持ち物が盗まれ、夜の            間に死んだ者の遺体さえ略奪された。捕虜の中で警備隊を組織            しなければならなかったが、最初は個人の自由を抑圧するとし            て嫌われた。しかし「規律ある秩序」は最後には支持された。            なぜなら、そこにしか生き残れる希望がなかったからだ。ワッ            トはコンラッド論で、「船に乗っている者たちは互いの生存が            絶えず危険に曝されている」、まさに相互依存の状態にいるの            だと指摘し、コンラッドの小説は「耐え難く、扱い難い現実の            中でどのような策略を用いるかに」関わっている、と述べた。            ワットはそれに相当するものを、本質的に社会的で道徳的であ            るフィールディングの小説に見ていたのだ。

 『小説の勃興』をこのように理解すると、第2章「デフォー             の個人主義と収容所の事業者」で、ワットが「近代的個人の進            歩的解放の物語のスポークスマンと考えられてきた」のは間違            いであり、ワットは個人主義を、人を「孤立させ、互いを競争            者として対立させる恐ろしいものとして理解したようだ」とマ            ッケイが言うのは、通説を覆すものだが、頷ける。マッケイは            収容所内で「生き残るために必要なことは何でもする」キング            伍長を描いたJames Clavellの小説King Rat (1999)、ガス室へ            送り込むユダヤ人から物を取って生き残ったことを語るポーラ            ンド人政治犯の書いた小説、ソルジェニツィン、そしてカミュ            の小説を挙げて、それらは自己中心的なロビンソン・クルーソ            ーと、道徳的観念のないモル・フランダーズに結びつくと言う。

 第3章「リチャードソン、同一視、そして商業上の幻想」で            は、ワットが18世紀に書かれたどの作品より現代的であると評            価した『クラリッサ』が取り上げられている。それは絶望的な            幽閉という点でワットの捕虜体験と共通のものを持っていた。            違いは、クラリッサは分裂していて、それが彼女を破滅へと追            い詰めていくところである。クラリッサは友人アナ・ハウに「私           たちは抵抗できない邪悪な運命に駆り立てられているように見            える。しかもそれらは全て私たち自身から発している」と言う。           ラヴレスも同じで、彼は自分には理解できない内なる力によっ            て彼が持っている最も高貴な動機や関心に反した行動を取るよ            うに駆り立てられる。ワットは考えられている以上に個人主義            についての不安を持った思想家である、とマッケイは言う。

5章「リアリスト批評と二十世紀中葉の小説」では、ワッ            ト、William EmpsonGeorge Orwellなどの小説や批評に見             られるリアリズムの再生、明晰さへの動き、道理をわきまえた            伝達の可能性などは、戦争で引き裂かれた言葉と物の関係を修            復する努力の一環であった、とマッケイは言う。

6章「捕虜収容所の英語学科」では、ワットが仲間たちと             収容所で創った「大学」の経験が、イースト・アングリア大学            に英語学部を創る時に活かされたことが語られる。アーネス            ト・ゴードンの『クワイ河収容所』にも書かれているが、収容            所では読み、議論し、創作する「授業」が秘密裏に行われた。            苛酷な状況で、捕虜たちは必死に、自分の命の痕跡を残そうと            した。ワットはそこで言葉が歴史を記録し、証言するものであ            ることを、身をもって体験した。ワットがイースト・アングリ            ア大学に創設した英語学部の理念は「歴史の中の文学」であっ           た。歴史は言葉の中に凝縮されているという考えは、復員後の            文学研究でワットが実践したものだった。マッケイはそれを次            のように要約している。「テクストの分析はそれ自体が目的で            はなく、テクストの断片を綿密に読むことを通して、それ以外            の方法では回復できない、失われた世界に近づく方法なのであ           る」。

イアン・ワットを読み解くことで第二次世界大戦後の文学研            究を考察したマッケイの書は、21世紀に生きる私たちに多くの            示唆を与えてくれるように思う。「権利意識は魅力的であると            同時に破壊的である」というワットの言葉、あるいは私たちの            運命は「全て私たち自身から発している」と言うクラリッサの            言葉は今もなお大きな意味を持っている。文学作品の言葉を綿            密に読むことによって「それ以外の方法では回復できない、失            われた世界」に近づくことは未来を考えることに通じている、            とマッケイの書は語っているように思える。