ストローマン―アメリカの大自然を生きる孤高の人

 

 

 

2018819日のロサンゼルスでの講演も無事終えて,一路シアトルへ向かった。講演と同時に,もう一つ楽しみにしていたのが旧友のトム・ストローマン(Tom Strawman)博士夫妻との40年ぶりの再会である。トムと私は,シアトルにあるワシントン大学大学院在学中に同じ比較文学科に属していた。私とは対照的に,彼は完璧主義者であった。そのために彼の納得いく博士論文を完成するために10年以上の歳月を費やしている。博士号を取得して間もなく,ミドル・テネシー州立大学(Middle Tennessee State University)の英文科の教授に就任した。日本とは違い,アメリカでは教授になれば,文字通り亡くなるまで大学に残ることが出来るが,トムはアメリカの多くの教授とは違い64歳で26年間の教員生活にピリオドを打った。

 

彼は,ドイツのロマン派の詩人を博士論文で扱い,その後は『ウォールデン 森の生活』(Walden, or Life in the Woods, 1854)で有名なアメリカ作家・詩人・思想家のヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau, 1817-1862)の研究に没頭した。ソローは自然を愛し,その中で孤高の生活をしながら同時に文明批判も忘れなかった。その結果が『市民の反抗―良心の声に従う自由と権利』(Civil Disobedience, 1849)である。ワシントン大学大学院に在籍していた当時,私自身もソローの著作に触れて大きな影響を受けたことを想い出す。

 

最近のトムの関心は,アメリカ・インディアンの文学であるようだ。彼とは,時折クリスマスカードを交換するくらいで,40年間会うことも,電話で話すことも,コンピューターでメールを交換することもなかった。私が以前メールアドレスを書いた手紙を送っても,その返事はなかったのだ。そんなトムに今年(2018年)の1月に封書で手紙を書き,「夏にシアトルでお会いしたい」と送り,その際に再びメールアドレスを知らせた。1か月くらいしてトムから電子メールで返事があり,是非,自宅に招待したいと申し出てくれた。

 

そんな彼が住む山奥の自宅から,私の滞在するシアトルのホテルまで,26年乗っている年季が入ったトヨタ車で迎えに来てくれた。こうして,ホテルで私たちは40年ぶりに感動の再会を果たした。以前ミドル・テネシー州立大学のホームページに英文学科長をしているトムの写真が載っていた。今回,直接その話をすると,「知らないうちに大学が勝手に写真を載せてしまったのだ」,と憤慨していた。その時の写真に写っていた以上に長い白ひげを付けていた。正に,仙人のイメージを彷彿させる。彼の愛車でトムの家に向かう。トムが自慢する古いトヨタ車に抵抗はないが,一つ心配であったのがフロントガラスのひびであった。フロントガラスの中央部に大きな楕円形のひびが入っていた。高速道路を120キロから130キロで風を切って走るトヨタ車の助手席に座る私。口には出さなかったが,小心者の私は,そのフロントガラスが今にも割れるのではないかとハラハラしたのも事実だ。しかし彼はそんなことは一向に気にしていない様子で,そのことを遠回しに尋ねても笑っているだけだった。

 

トムの家に行くまでの中途のアメリカ農場は広大である。何十キロと地平線まで障害物のない見渡す限りの平野だ。生産量という点では,日本の零細農業では太刀打ちできないのは明白だ。気候の温暖なワシントン州では小麦,コーンを主として野菜,果物となんでもできるようだ。途中には,多くのインディアン居留地があった。「『ネイティヴ・アメリカン』という表現は古い」,とニューヨークのアメリカ人の友人から聞いたのでトムに尋ねると,「そんなことはない。ただ,一番丁寧なのは部族の名前,例えばヤヌマモ・インディアンというのが一番良いが,部族も百を超えるのでアメリカ・インディアンでも問題ない」と専門家のトムは主張した。居留地のインディアンは素朴な家に住み,あまり金になる仕事はしないらしい。土地を所有したり,そこに住み着いたりせず自由に移動した民族の伝統か,あまり土地や家の所有などに拘泥しないようだ。明らかに地元の白人の美しく立派な家並みとは異なり,見るからにみすぼらしい。価値観の相違とはおもしろいものだ。のどかな農業地帯を通り抜け2時間30分,やっと夕方5時前にトムの自宅へ到着。若い頃からすると少しふくよかになった彼の妻ジャンが,にこやかに出迎えてくれた。一人娘のエラさんはテキサス州で仕事をしているのでなかなか会えないようだ。

 

すぐに,トムが今晩,私を泊めてくれる部屋へ案内してくれた。裏はすぐ山だが,南側は海に面した大きく素敵な木造建築である。壁もすべて無垢のままの杉材だ。まだ2部屋ほどは改築中であるという。暇なときに,すべて自分の手で作業をしているらしい。トム・ストローマン博士は,アメリカの古き開拓精神を受け継いでいる。書斎に籠り,読書や執筆に明け暮れる日本の文学者のイメージとは大きく異なる。

 

2階には,バスルームやキッチンも完備され,その他に3部屋あるので十分に別所帯が生活できる。そればかりか,海や島が望める30畳ほどのベランダがついている。ベランダのソファーに腰を下ろし,しばし都会の喧騒を忘れるのもよいだろう。聞こえてくるのは,海カモメの鳴き声くらいだ。少し離れた砂浜には,都会から週に一回近所の別荘を訪れている若い家族が,子供と戯れている。距離があるので全く話し声も聞こえない静けさだ。

 

夜9時過ぎまでは明るいので,10時頃になってやっと夕食が始まる。私とジャンはサーモンと野菜,それに蒸したハニーコーンを頂くがトムは20代からヴェジタリアンのために,私たちとは別メニューである。シアトルで有名なキングサーモンはいうに及ばず,ハニーコーンもとても甘くおいしかった。ジャンは若いころと変わらずとてもシャイだ。アメリカ人には珍しく,私と話すときもあまり目を合わせず静かに話す。周囲の静かな環境に,トムとジャンはぴったり合っていた。決して自己主張を前面には出さずに,私の話を静かに聞いて,尋ねると,微笑を浮かべながら穏やかな調子で周囲の島々の事や自分たちの生活を語ってくれた。

 

眼前には,海と散在する小さな島々の光景が広がる。まさにアメリカ人の理想の別天地である。二人の静かな表情からも,そんな環境に満足しているのが見て取れる。トムは,自分で木を伐り出し薪割りをし,自宅で消費する薪作りをしている。人参,トマト,ラディッシュなどの野菜も自分で栽培する。ジャンは花壇の花の手入れと編み物を趣味としているようだ。手入れの行き届いた花壇には鮮やかなダリアの花や,色とりどりの花々が咲き乱れていた。

 

トムの趣味はハイキングで,週3回は出かける。毎回,4時間くらいは歩くというから驚きだ。それだけではない,時々45日一人で遠くの山へ出かけ,テントと食料を持参して山で静かに過ごすという仙人ぶりだ。「クマなどの動物と出くわすことはないのですか?」と尋ねると,めったにはないが一度出くわした時も,クマの方で静かに去って行ったという。自然を愛するトムの仙人ぶりが,熊にも感じられたのかもしれない。彼の質素な生活ぶりには,騒々しい世俗社会からは離れていたい,という少し厭世的な側面もある。シアトルのような都会(人口60万)には時折訪れれば十分なようだ。トムは,孤高の文筆家ソローに影響されているのだろう。

 

ソローは,ハーバード大学卒業後,生涯を通じて定職につかず,ウォールデン池畔(ちはん)の森の中に丸太小屋を建て,22か月ほどの自給自足生活を送った。その時の経験を書き綴った回想録が『ウォールデン 森の生活』である。ワシントン大学大学院在学中に,私もソロー文学を専門にしていた教授の許で,この作品を読み深く感動したことを今もよく覚えている。彼の思想は後の時代の作家に多大な影響を与えた。ソローは多くの作品で,人間と自然の関係を扱った。ネイチャーライティング(自然文学)の先駆けである。アメリカにおける環境保護運動の先駆者としても評価が高い。ストローマン博士は,そんなソローの思想に深く影響され実践しているのだろう。

 

トムの自宅の裏山は急な坂になっているが,そこも彼の所有地である。大きなもみの木が数本聳え立っている。数か月前に大木を一本切り出し,30センチほどに切り,それを小さく割り,冬のストーブに用いるという。やはり,半年は外で乾燥しないとだめらしい。裏庭側にはこのまきが高く積まれていた。一般に,アメリカ人はかなり自立していて,日曜大工で家の修復をする人も多いが,トムは徹底している。大自然の中で静かに自己を見つめ,ソローの哲学を実践している感がある。世間的な評価などどうでもよいのかもしれない。

 

ミドル・テネシー州立大学時代には,120名を超える英文学科教員をまとめ,科長として,教育が十分に出来なくなった高齢の先生に退職を促したこともあったようだ。週3回行う授業を5クラス教えなくてはならず,毎日教えていたようだ。週15クラス,日本では信じられない仕事量である。その上,大人数クラスの英作文も担当していたので,家で添削しないと追いつかなかったようだ。3年前に家のローンの支払いがやっと終わり,年金も26年払い終え,それを機に64歳で早期退職したのだ。金銭に捕らわれない無欲な彼の一面が窺われる。これも人生の選択なのであろう。近くに住む友人を大切にしているようだが,他の人との付き合いはほとんどなさそうだ。コンピューターも時には使うのかもしれないが,少なくとも私が滞在した間はコンピューターに見向きもしないし,電話で話すこともなかった。トムの家にコンピューターを持参した私は,さすがに恥ずかしく思いコンピューターを開くことはなかった。今まで多くのアメリカ人のお宅にお邪魔したが,一度もコンピューターに触れず,電話もしない人を見たことがない。大自然の中での生活に満足し,ソローが目指していたような自給自足に近い生活を送っている孤高の哲学者トム・ストローマン博士。そんなトムが私と連れ立って散歩している時に,ポツリともらした。「娘エラがいつか同居してくれるとよいのだが」。孤独を愛する仙人も娘さんは別のようだ。私はその言葉を聞いて,少しホッとした。ソローが次のような言葉を残している。

 

 

 

「人生は,自分を見つけるためにあるのではなく,自分を創造するためにある。だから,思い描く通りの人生を生きなさい」(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)

 

Life isn’t about finding yourself; it’s about creating yourself.
So live the life you imagined. (
Henry David Thoreau)

 

 

 

                                (広瀬佳司)