妖言怪説 

  

  中学英語を習いはじめると、私たちは ‘Bread and butter’ という表

現に出会う。パンとバターは一体である、というあれである。そのう

ちに、‘Whiskey and soda’ から、‘a Poet and businessman’ なども憶え

る。最近では、‘Ships and Merchants’ というのがあった。   

    

 英国の十七世紀後半、王政復古期の英語・英文学の場合では、‘A and

B’ 句が独自の形で現れ、時代の空気を伝える。この頃はピューリタ

ン革命の勃発と過激化、国王チャールズ一世の処刑、革命の混乱と崩

壊、チャールズ二世による王政の復活、という政治・宗教的動乱の時

代である。反対派の処刑、報復、政争による政治家の追放、などの事

件がしばしば起こった。‘A and B’ 型の言い回しは口になじみ易く、

政治・党派的な文章でスローガンふうに利用される。その種の実例の

一、二につき、少し記してみよう。そこは、‘Bread and butter’ の暖か

さから一変して、冷酷な政争の場になる。   

    

 この時期の政治パンフレットや論争によく出会うことば に、

‘Jealousies and Fears’ とそのヴァリエーションがある。この場合の

‘Jealousies’ とは「嫉妬」ではなく、「疑念」あるいは「疑惑」のこ

とで、Shakespeareの劇でも、もっぱらこの意味で使われている、と

大學入学早々に私は習った。これが ‘Fears’ とペアを組むと、「疑心

暗鬼」、「揣摩憶測」、「流言飛語」、「一触即発」のような四文字

熟語に近い働きをする。先年のこと、木下 彪著の 『明治詩話』(岩

波文庫, 2015)を読んでいると、維新後間もない明治初期には「妖言

怪説」が流行したという一節に出会った。要するに社会を覆う疑惑と

不安である。或る党派が国王暗殺を企てている、某大国がイングラン

ド侵入のための軍隊を編成中である、或る宗派による残酷極まる迫害

が切迫している、というようなプロパガンダに使われ、その真偽の判

断は普通の人にはしにくい。不気味で深刻な不安を醸成しておいて自

派の目的を達成しようとすることもこの時代にはよくあった。もちろ

ん、野心的政治家の工作ではなく、自然発生的な不安もある。政界か

ら一般社会に及ぶ漠然とした不安を表すのが ‘Jealousies and Fears’

である。英文学での実例は、と問われてまず思い付くのは、王政復古

後、間もなく出版されたサミュエル・バトラー(Samuel Butler, 1612-80)

作の 『ヒューディブラス』 (Hudibras) 冒頭の一節である。バトラー

は革命政権と周辺諸派の愚かさ、横暴を非難し、嗤う、という明確か

つ露骨な意図のもとにこの長編諷刺物語詩を書いた。その冒頭は次の

とおりで、反国王派のうち、長老派と独立派の主導権争いの記述の序

に相当する箇所である。   

    

  When civil Fury first grew high,   

  And men fell out they knew not why;   

  When hard words, Jealousies and Fears、   

  Set Folks together by the ears,   

  And made the fight, like mad or drunk,   

  For Dame Religion as for Punk,   

  Whose honesty they all durst swear for,   

  Though not a man of them knew wherefore:   

                      (I, 1-8.)   

    

 内乱が激しくなると、誰もが無闇に喧嘩をする。悪口雑言、疑心暗

鬼がそれに油を注ぎ、「宗教」の主導権をめぐり、女を奪い合うかの

ように争う。その女の貞節など、誰も信用できないのに。およそこう

いう意味であろう。   

    

‘Hard words’ とは、お互いを誹謗する冷酷なことば、また、或る宗

派・集団のなかだけで通用する用語で、いわゆる ‘Cant’ のことであ

って、部外者には難解である。Oxford 版の Hudibras 注釈は、用例

等によってこの六行を説明していているので、大いに役立つ。また、

‘Jealousies and Fears’ のペアは相手を揶揄、誹謗するための比較的新

しい表現、決まり文句であったともいわれる。Hudibras であとに続く

‘set…by the ears’ というのは、流血の闘争の場面に相応しく、こ

ちらも割に頻繁に使われた。このように、当時は独特の言い回しがい

ろいろあって、知っておくと種々の文書の理解に役立つ。独自の用語、

言葉遣いを見て、書き手の党派、派閥や文書の出所をもし判定できた

ら、一段と面白く読むことができるだろうが、なかなか難しい。   

    

 政治と宗教関係で「疑惑と不安」を醸成した事件として有名なのは

17世紀初頭、1605 年秋の「火薬陰謀事件」(The Gunpowder Plot)

である。一部のカトリック教徒が国会議事堂の地下付近に火薬、爆弾

を仕掛け、国王と国会議員の殺害を図ったと称する事件で、この記憶

は一世紀を過ぎても消えず、カトリック・プロテスタントの対立が激

しくなるとしばしば引き合いに出され、何かあれば「第二の火薬陰謀

事件」だ、と言い立てて、「疑惑と不安」を煽る者が出る。火薬陰謀

事件の首謀者とされたガイ・フォークス(Guy Fawkes, 1570-06)は11

月5日のガイ・フォークス・デイとして、いまもその名をとどめてい

る。この事件を略して ‘The Powder Plot’ という場合もある。政治パ

ンフレット等ではこの P にはじまる二語の連鎖のほうが読者の情

緒・気分に訴える効果がある。   

 このような反カトリック教の時代を背景に、1678 年夏から 1681

年にかけて発生した、いわゆる「ローマ教皇陰謀事件」または「カト

リック陰謀事件」(The Popish Plot) の騒動でも、八十年前の ‘The

Powder Plot’ と共鳴してよく似た現象が見られる。怪しげな経歴のタ

イタス・オーツ(Titus Oates)という者が、「カトリック教徒のあい

だに国王暗殺の陰謀がある」と言い立てて駆け込み訴えをしたことに

始まるこの事件は、多くの人々を巻き込み、投獄・処刑に至る大騒動

になった。ジェズイット教団が国王チャールズ二世 (Charles II, 在位

1660-85) の殺害を企て、カトリック大国のフランスがその混乱に乗

じて英国への介入・侵入を図る、という「疑惑と不安」、「妖言怪説」

をもたらしたのである。当然ながら、その背景にはエリザベス朝以来

の根強い反カトリック教の世相があるが、複数の野心的政治家がいて、

事件を利用して国民を煽り、誘導しようと身構えていた。オーツはそ

ういう政治家か党派の走狗だったかもしれない。事件全体とその文学

的表現という興味をそそる大きな主題があるが、それを扱うのは別の

機会に譲り、ここでは、事件から生じた社会不安の表現、‘Jealousies and

Fears’ について考えてみることにしよう。なお、三百余年まえのこと

で、現代の宗教や宗派とは無関係な事件であり、誤解を避けるために

これを「ザ・プロット」と呼ぶことにする。   

    

 この時に登場した大小の詩人、パンフレットの筆者のうち、最もよ

く知られたのがジョン・ドライデンDryden (1631-1700) である。彼を

御用詩人と蔑視するひとがいるが、「第一級の御用詩人」と呼べば、

賞賛のことばになるだろう。彼は王党派の立場から、この事件を題材

に、『旧約聖書』の一説話の筋を巧妙に利用して, 政治諷刺の物語詩

『アブサロムとアキトフェル』(Absalom and Achitophel, 1681)を書

いた。これは1031 行に及ぶ大作であるが、彼も ‘Jealousies and Fears’

を節目に当たる箇所で利用している。   

    

 陰謀事件をめぐって日々変わる噂、政界の動き、政治家や群衆の不

穏な行動、街頭の反応などを見聞きする国民は、不安に駆られて疑心

暗鬼の状態になる。噂を丸々信じる者は少ないとしても、幾分かは真

実ではあるまいか、と疑うのが市井の人々の気持ちである。『アブサ

ロムとアキトフェル』によれば、この妖言怪説の流行のもとで、大衆

(Multitude) の中には収穫した麦の実(み)と殻の区別の出来ぬ者が

いて、実と殻を一緒に鵜呑みする、という。   

   (Not weigh’d, or winnow’d by the Multitude; / But swallow’d in the

   Mass, unchew’d and Crude.)   

 嘘と真が混じりあい、混迷は深まるばかり、物語は更に続くが、次

の二行がドライデンの ‘Jealousies and Fears’ の時代への意見で、「後

世の人々」はどう診るだろうか、というところに彼の表情が見える。   

    

   Succeeding times did equal folly call,   

   Believing nothing, or believing all. (106-07)     

                              (岡 照雄)