能力か、個性か

  

 小学5,6年生の頃、図工の時間に「写生」という課題で

  クラス全員が校外に繰り出したことがある。このとき、見え

  るものをそのまま描くという筈が、付近の風景の見取図のよ

  うな絵を描いた女の子がいて、彼女は友達の絵を覗き込んで

  は「そんなに木を大きく描いたらおかしい」と文句をつけた

  のだった。友達の方からしてみれば、彼女の方こそ幼稚な絵

  を描くおかしな子であったのだが。この時、教師がどういう

  評価をしたのか、残念ながら覚えていないが、児童の知力の

  発達の遅れと査定したのか、個性と受け取ったのか。

  児童に対する「成績評価」は、その時点の能力の状況を示

  すものであって、その児童が本来持っている筈の能力の全体

  像までは予測していない。早熟な児童が「二十歳過ぎれば唯

  の人」というのは、よくあることなのである。しかし、発達

  が遅れている児童に関して、その時点での状況を全人格的な

  「個性」の発露として考えることは出来ないのだろうか。

   大学生ならば、ほぼ一人前に成長しているであろう、と考

  えられているが、彼或いは彼女がもともと能力に恵まれてい

  るのか、たまたま早熟なのか、好成績を獲得しているのは大

  いなる努力の賜物なのか、未来に可能性があるのか、など、

  大学の教員がきちんと見ているとは思えない。学校とは「人

  づくりの場」であるとか、「生きる力を育てる場」であると

  か、よく言われるが、一般的に大学の教師は、学生のその時

  点の成績をつけていれば一応の務めは果たしているようなも

  のである。大多数の教師は、個々の学生の能力を引き出せる

  ほど学生との距離は近くはない、と言いそうである。

  そもそも大学の教員は、別に教職課程を取らなくても務ま

  る職業なので、教師としての心構えが欠落していることもあ

  り得る。企業からの転身や、官僚の天下りなどで大学教授に

  なる「偉い」人たちは、自分の知っていることを語ればそれ

  で充分だと思っていることが多い。大学生とは自分で勉強す

  るものだ、と言って突き放すことも出来る。

  嘗て某国立大学医学部の教養英語を担当したときのこと、

  優秀なクラスであったので、速読の演習を試みたところ、意

  外な事態が発生した。或る時、課題の英文を読んだ後に〇×

  式設問に答える、という通常の形式をやめて、「今の文章に

  はどういうことが書かれていましたか?」と口頭で尋ねたと

  ころ、指名した学生が、だらだらと文章の筋を追う答え方し

  か出来なかったのである。あらかじめ答えの選択肢が並べら

  れていたならば、恐らく彼は正しい答えを選んだのであろう

  が、自分の頭で文意を纏められなかったのだ。これで医者に

  なれるのだろうか?と思ってしまったが、こういう受け身の

  反応が得意過ぎる学生をつくったのは小学校から高校までの

  教育だ、と決めつけることは出来ない。大学生にふさわしい

  能力を育てるのは当然大学であろう。

  昔の話だが、私の高校は「やり直し」が効く柔軟な場であ

  った。「主張する生徒」が多く、生徒と先生の攻防戦が時々

  展開されていたが、或る時、一人の生徒の「化学」の成績が

  一学期には「3」であったのが、二学期末には一、二学期と

  もに「5」となったことがある。つまり、一旦つけられた一

  学期の成績が訂正されたのである。周囲の推測では、夏休み

  明けに行われた広域の数校合同の模擬試験で、彼が化学の2

  位になったが故に、先生が釣り合いを考えて一学期の「3」

  を修正したのであろう、とされたが、その生徒自身は、一学

  期の試験問題の出し方が悪かったから自分は「3」になった

  のであり、先生はそれに気づいたから訂正したのだろう、と

  主張していた。真偽のほどは判らないが、このようなことが

  起こると、生徒たちは頑張って勉強に励むようになる。学校

  が「やり直しが出来る」場であると感じられたからである。

   また、学期末の数学(解析)の試験に、かなり高度の応用

  問題が一つ出て、正解者がたった一名であったときのこと、

  担当の教師は、全滅ではなかったことにほっとした、という

  感想を教室で漏らした。自分の責任問題だと思ったのであろ

  う。しかし、その正解者は中学時代に解析の面白さに目覚め、

  高校入学時には既に大学入試問題集に取り組んでいたのであ

  って、授業のお蔭で難解な応用問題が解けたという訳ではな

  かった。「高校の数学では何も新しいことを学ばなかった」

  と言ってのけたこの生徒は、難解な問題を出題した教師を評

  価した。どちらが教師か判らないような話だが、生徒が教師

  を馬鹿にしていた訳ではない。むしろ逆であったのだろう。

  今春、京都大学の総長が、「今年は本学に入れなかった学

  生も、勉強して来年は入って来てほしい」という意味の挨拶

  をなさったそうだが、柔軟な大学の在り方を示すものである。

  バリバリの優等生だけが本学に来るべきだ、などと言いかね

  ない教授もいそうだが。

   興味深いのは、有数の進学校などではない前述の高校で、

 180というIQを持った女子生徒の学業成績がずっと「上の

  下」くらいであったことである。知能指数というものが必ず

  しも成績とは結びつかない、という例であった。卒業後も、

  彼女に関して「なるほど」と思わせることは何も起こらなか

  った。人間の能力を一つの物差しで測るのは難しいというこ

  とであろう。とすると、何らかの能力を具えていながら本人

  もそれに気づかずに一生を過ごすこともあるに違いない。後

  にこの高校が「知能指数の平均値が日本一」であった、と心

  理学の教授に聞いたことがあって、なるほど知能指数とは、

  少なくとも世間で競われている進学実績とは無関係なものな

  のだ、と納得してしまった。

  卒業後、立派な経歴を持つに至った同級生は何人もいたが、

  なかでも仲間うちで語り継がれたのは、大学入試に失敗して

  第三志望の大学に落ち着いた女子生徒の物語である。彼女は

  司法試験に合格して、立派な判事になったのだが、聞くとこ

  ろによると、(高校時代は他人に突っかかるようなところが

  あったのが)大学では「あれほど人間の出来た学生はいない」

  と教授の方々ら褒められていたのだそうだ。大学が彼女を育

  てた、という面もあるのだろうが、彼女が自分の力を発揮出

  来たのは彼女の個性だった、とも言えるだろう。「能力」を

  超えた生き方の問題である。

  高校に比べると、大学では学生の側の責任はずっと重い。

  四年間に学んだことの集大成として、自分の力で(受け身で

  はなく)卒業論文を書くことが要求されるのは、それだけの

  判断力、論理的構成力が身について当然だとされているから

  である。しかし、最近は特にインターネットのお蔭で、既存

  の論文から適当に情報を集めてレポートや論文をでっちあげ

  ることが当たり前になっていて、「自分の頭を使わない」卒

  業論文が提出される、と嘆く教師が多い。

   昔、史学科の学生がスーパーマーケットに就職したことが

  あって、「何とも畑違いな・・・」という批判が一部に起こっ

  たが、卒論を担当した教授は「レポートを書く方法は十分身

  についているから問題ない」と応酬した。知識を教え込むだ

  けが教育ではない、ということであった。そう言える教師が

  この頃いるのだろうか。

   大学には、学者としては立派だが、教師には向いていない、

  という教員がいて、それなりに尊敬を集めていたりするが、

  せめて専任の教員には学生を育てられる人物を雇ってほしい

  ものである。学生の自主的取り組みを柔軟に指導出来る人、

  「やり直しが可能な場」を作れる人、である。そして大学も

  たとえば編入学者を積極的に受け入れたりして、柔軟な場を

  つくってほしい。

   研究者を育てる筈の大学院ではどうなのか。大学院の入試

  で、知識だけを問うのではなく、論を組み立てる能力も試す

  べきだ、とは、昔から言われていることであるが、なかなか

  うまく行かないようである。入試で素晴らしい成績を獲得し

  たのに、修士論文を書く段階になって、ろくな論文が書けな

  いことが判明した、という嘆きを時々耳にする。尤も、そう

  いう院生たちも、修士の資格があれば大学の教師は務まるの

  で、大学院の教育が咎められることはない。それに、なかに

  は修士論文を書いた後に、格段に進歩した論文を書く者もい

  るので、一律に云々は出来ない。

   人間の成長の仕方の多様性を考えると、教育の難しさを改

  めて感じてしまうが、もう少し柔軟な制度を作れないものか。

  昔、或る院生が、「自分の意見が殆どない」という理由で(本

  人にそれを伝えたかどうかは不明であるが)修士論文が評価

  されず、博士課程に進めなかったことがあるが、彼の後の活

  躍を見ると、改めて博士課程を受験できないのだろうか、と

  思った。同じ修士論文を出す訳にはいかないならば、書き直

  した論文を提出して受験し直すことは出来ないのだろうか。

  或いは他の大学院で修士課程をやり直せば、第一志望の博士

  課程に再び出願出来るのかもしれないが、ところそのような

  話を聞いたことはない。

   博士課程まで行っても、これまでは(文系では)博士論文

  を書いて博士号を取る人は少なかったが、優秀な論文はなる

  べく多く書いてほしいし、読ませて頂きたい。多くの研究者

  に能力を、そして個性を発揮して頂きたい。

   英米文学研究が見事な花を咲かせることを願ってやまない。

                     (土屋 繁子)