ハーバード大学:「未知との遭遇」

 

ノートルダム清心女子大学教授 広瀬佳司

 

 

アメリカ西海岸ロサンゼルスでの講演も予定どおり終え、一路、東海岸のボストンにあるハーバード大学へ赴いた。ハーバード大学は1636に設置されたアメリカ最古の高等教育機関であり、現在に至るまで8人のアメリカ合衆国大統領や、100人以上のノーベル賞受賞者を輩出している世界屈指の名門校である。このハーバード大学を今回訪問した際に、正にバシェールト(運命)と言ってよい経験をした。

2016525日、イスラエルの研究家のインタヴューを受ける目的でハーバード大学を訪問した。できれば、ハーバード大学で長年教鞭を執られていた、イディッシュ文学の世界的な権威であるルース・ウァイス氏と再会したいと思っていた。ところが、ウァイス教授は体調がすぐれず既に引退され西海岸のロサンゼルスに移ってしまっていた。そこで、ウァイス氏との再会は諦め、気持ちを切り換えてイスラエルの研究家二人とイディッシュ語とヘブライ語の関係について意見を交換した。

イディッシュ語はホロコースト犠牲者の言葉としてマイナスのイメージを与えるため、主権国家イスラエルに於いて以前はあまり注目されてこなかった。しかし、最近ではヘブライ大学を中心にイディッシュ語の夏季コースもできて少しずつ関心が高まっている。しかしながら、私のお会いした30代の研究家たちはいずれもイディッシュ語を話すことが出来ない。彼らにとってイディッシュ語は、祖父母の時代に使用され、現代では死語同然のものであるのだ。若い研究家たちと話しながら、せっかくハーバード大学を訪れたのにイディッシュ文学研究者に会えないことをとても残念に思っていた。

私が訪れた5月下旬はアメリカの大学では学期を終えた時期なので、再会できればと望んでいた知人のイディッシュ文学翻訳者たちも既に街を離れていた。おまけに、カナダのトロントから私に会いにハーバード大学に来てくれる予定であった著名なイディッシュ文学の専門家ヴィヴァン・フェルゼン氏からも急用で訪米できなくなった、という連絡を前日に受けた。何もかもタイミングが悪く、アンラッキーとしか言いようがない。その時は、そうとしか思えなかった。

ところが、がっかりしていささか意気消沈しているときに、思いがけない朗報が舞い込んできた。友人から、翌日26日にはスティーヴン・スピルバーグ監督(1946~ )の講演があることを聞いたのだ。そればかりか、その友人から講演会への招待状も届いた。今までの私の暗い気分は一掃され、小躍りするばかりにうれしくなった。我ながら、現金なものだ。

翌日、ハーバード大学を訪れると大学の卒業式典があり、厳重な警備が敷かれていた。キャンパスには恐らく100名ほどの警官がいたのではないだろうか。各門からキャンパスへ入るときには、招待状の確認と手荷物検査が厳重に行われた。実は、スピルバーグ監督はこの日、ハーバード大学から名誉博士号を授与されるために大学を訪れていたのだ。それに合わせて、彼のミニ講演が予定されていた。このことは昨日までは公表もされていない。私も直前に友人から聞くまでは知らなかった。

広々した大学キャンパスの芝生が美しいグランドに設置された7千を超える椅子は、スピルバーグ氏の講演が始まるまでに全て埋め尽くされていた。スピルバーグ監督が紹介されると会場からは割れんばかりの拍手喝采である。私も今までいろいろなアメリカでの講演会を経験したが、このような場面に出くわしたのは初めてだ。アメリカでの彼の人気は想像以上だった。講演が始まると水を打ったように大勢の聴衆は静かになった。しかし、監督が所々に交えるユーモアには敏感に反応し笑いと拍手が起きた。

スピルバーグ監督はカルフォルニア州立大学ロングビーチ校を中退し映画界に入ったのだが、14年前(2002年)に同大学から卒業証書を受けた。そのエピソードを話した時に、「この会場に、大学を卒業するのに37年もかかった方はいますか?」と監督が微笑みながら尋ねた瞬間に、聴衆から大きな笑いが起きた。ただ、「アメリカは移民国家です、今までのところ」と発言した時に、聴衆が彼の特有な皮肉に気づきドッと笑い出すのには一呼吸あった。今、大統領候補になっているトランプ氏への痛烈な批判であろう。極端な白人中心主義を唱える同候補への皮肉である。もちろん、名前などは出さない。それが、一呼吸反応が遅れた原因であろう。後で知るが、スピルバーグ監督はもう一人の大統領候補ヒラリー・クリントン候補の夫のクリントン元大統領とも親しい間柄であるという。

幼い頃、ユダヤ系アメリカ人であるがゆえに学校でいじめにあった経験が彼の哲学の基本にあるのだろう。移民国家アメリカにあって種族を越えたお互いへの理解と愛が重要であることをスピルバーグ監督は強調した。そのためにも、歴史的な迫害の悲劇を学ぶことが大切で、それによって未来が見えてくる、と語った。例として、「ルワンダ虐殺」Rwandan Genocideは、1994ルワンで発生したジェノサイド)や「南京大虐殺」を挙げていた。そうした過去を見つめ直すことが未来を志向する第一歩であると力説する。ハーバード大学の歴史学科の卒業生を念頭に、「その意味で歴史を学んだ諸君は素晴らしい、ただ就職市場ではよくないかもしれないけれど」とまたユーモアを挟んだ。すぐに、再び大きな笑いと歓声が会場に起きる。

「今、座っている席で知り合いでもない隣の人や後ろの席の人の眼を見つめてほしい。ここから理解が広がるのです」と具体的に人々に訴えかけた。私はぽつんと一人で座っていたが、微笑みながら隣に座っていた白人の女性に目を向けた。相手もにっこりと微笑み返してきた。そのようにして人々がお互いの目を見つめあったとき、一瞬にして会場の雰囲気が和んだから不思議だ。こんな簡単なことで人々がコミュニケーションを始め世界が変わるのかもしれない。周囲の人など無視して一心不乱にスマートフォンに見入る姿よりもはるかに人間的で、創造的でもある。スピルバーグ監督の代表作の一つで、1982年に公開されたファンタジー映画『E.T.』(地球外生命体)で少年と宇宙人が人差し指を触れ合わせ心を通じ合わせるラストシーンが私の心に鮮やかに甦った。これがスピルバーグ監督の一貫して追い求めるテーマの一つ、民族を超える「愛」であることは言うまでもない。

スピルバーグ監督はハーバードの大学の卒業生に期待を込めて次のような言葉を贈った。

“My job is to create a world that lasts two hours. Your job is to create a world that lasts forever, you are the future innovators, motivators, leaders, and caretakers.” (映画という2時間だけ続く世界を作ることが僕の仕事ですが、でも君たちは未来永劫続く世界を構築しなければならない。また、君たちは将来、世界を変えていく改革者でありリーダーであり、その世界を守っていかなくてはならないのです)

そして、次のような言葉でスピーチを締めくくった。

“I’ve imagined many possible futures in my films, but you will determine the actual future. And I hope it’s filled with justice and peace.” (映画をとおして私は様々な将来を想像してきました。でもあなた方は現実の将来を決定していくのです。その未来が、正義と平和に満ちていることを切に望んでいます)。

笑いと感動に満ちたスピーチをスピルバーグ監督が終えると、数千人を超える聴衆全員がスタンディング・オベーションを送った。その拍手の渦はハーバード大学のキャンパスにいつまでも響き渡った。